自囮

 ヒュッ! と一つの影が人間たちの頭上を通り抜けていく。それに気づいた者が「敵襲!」と声を張り上げたのと、彼らの頭上でいくつもの火花が弾けたのはほぼ同時だった。青空に映える七色の羽を背負った不死の精霊が、単騎で人間の軍団に突っ込んできたのだ。
「来たぞ! ダフネだ!」
「撃ち落とせ!」
「待て! あいつの攻撃は大したことねえ、慌てるな! 守りを固めろ! 反撃はそれからだ!」
 奇襲に慌てふためいていた人間たちだったが、炸裂する火の玉にそれほど威力がないことがわかると冷静さを取り戻した。木々の下や茂みに身を隠し、降り注ぐ攻撃をやり過ごす。不死の精霊はしばらくその場を旋回しながら、人間の出方を窺った。
「攻撃は大したことないって、失礼しちゃうなあ。そりゃあ得意じゃないけどさ」
 そうぼやきながら、人間たちが身を隠している雑木林に向かってぽつぽつと魔法を撃ち込む。けれどそれは人間たちの言う通り爆発はすれど威力はいまひとつで、損害を与えるには至らなかった。それを見てこの距離なら問題ないと踏んだ人間たちが、一斉に不死の精霊めがけて矢を放つ。精霊は上空でひらりとそれをかわした。
「くそっ、ちょこまか動きやがってこの羽虫!」
「羽虫~? こんな綺麗な羽見てその言葉って、言語感覚と美的センスなさすぎじゃない? これだから人間は……」
「…ッ、人間をなめるな!」
 挑発を受けた人間たちが再び弓を引く。息をつく暇もないほど矢が放たれ続け、やがてその一本がようやく不死の精霊の羽を貫いた。そして続けざまに、いくつもの矢が彼の体に突き刺さる。自慢の羽が使い物にならなくなり、まともに矢を食らった精霊は、重力に忠実に地上めがけて落ちていく。人間たちの間で歓声が上がった。
「やったぞ!」
「死にはしないがあの高さから落ちれば相当な怪我を負うはずだ!」
「気を抜くな! 落ちてきたところを総員で叩く。いいな!」
「ハイッ」
 人間の軍勢が、かの精霊が落下するであろう地点めがけて雑木林から飛び出していく。逸る気持ちを押さえつけながら今か今かと固唾をのむ人間たちの目の前で、不死の精霊は地面に叩きつけられた。
「かかれ!」
 号令を合図に、人間たちが一斉に不死の精霊へ襲いかかる。袋叩きにしようと誰も彼もがそこへ群がった、そのときだった。
「――虫はどっちかなあ、人間さん?」
 ニタリと精霊の口元が弧を描いた、次の瞬間。ドンッ! と轟音をたてて精霊の周辺が爆発した。無論、我も我もと群がっていた人間たちと、精霊本人も巻き込んで。
 一気に舞い上がった土埃と煙が次第に晴れていく。その中から現れたのは「人間だったもの」の残骸と、――羽のなくなった不死の精霊だった。
 血まみれのドロドロの状態で、のそりと精霊が起き上がる。まだ微かに息のあった人間が、「狂ってやがる……」と呟いて事切れた。
 やはり口元に笑みを浮かべた精霊は、言う。
「飛んで火に入る夏の虫、ってね。僕の“大したことない”魔法でも狙いを近距離で一ヶ所にしぼればこれくらいはできるんだよ。残念でした~」
 屍と化した人間たちを一瞥し、自身の体に突き刺さった矢を無造作に抜き捨てながら精霊はよろりと立ち上がる。不死とはいえ彼も無傷ではなく、腕はあり得ない方向へ曲がり脚は肉が抉れて骨が見えている部分もあった。自慢の羽は爆風でほとんどが吹き飛び、付け根の部分がほんの少し残っているだけだった。
「あーあ、羽ボロッボロ……どうせすぐ再生するからいいけどさ」
 ぶつぶつと文句をたれながら、不死の精霊はよろよろと歩き出す。ぼたぼたと血が滴って渇いた大地に吸い込まれていくのを眺めながら、精霊はぽつりと呟いた。
「狂ってる、ねえ……」
 絶命の間際、譫言のように人間が口にしたそれを、確かめるように自分の口から出してみる。精霊は足を止め、よく晴れた青空を仰いだ。
「僕は 不死 自分 の使い方をよくわかってるだけさ。不死を不幸だと嘆くだけの 人間 あんたら と違ってね」
 そう言う間にも、ほとんどなくなりかけていた彼の羽はまた色鮮やかにその形をとり戻していた。

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